【技術資料】 フリーレンジシャントによる高速オートレンジを用いた

携帯電話消費電流の測定精度向上対策

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1.はじめに

 携帯電話端末(以下 携帯電話)は充電1回当たりの使用時間を延ばす為に、ハードウェア、ファームウェアの両面で省電力化の為の多くの努力が払われている様です。それに伴って電源制御も複雑になり、電源電流は数十μAから数百mAに及ぶ広い範囲をパルス状に高速に変動するので、携帯電話の消費電流を正確に測定するのは容易ではありません。

 現在一般的に行なわれているディジタルストレージ方式による精度は1〜10%程度です。しかし、機種毎の消費電流を比較したり、消費電力削減の研究開発を行なう場合には物足りなく、工業用の測定器としては0.1%程度の精度は欲しい処です。

 本稿では携帯電話の消費電流測定の精度低下の主な原因が固定レンジ測定にある事と、フリーレンジシャントによる高速オートレンジで精度向上が図れる事を示します。*3)、*4)

2.携帯電話の消費電流波形

  ●数十μAから数百mA、ダイナミックレンジ5桁でパルス状に変動!!

図1 携帯電話の待ち受け時の消費電流波形(例)
          図1 携帯電話の待ち受け時の消費電流波形(例)

 機種、通信方式、電波強度等によって異なるので一概には言えませんが、図1に携帯電話の待ち受け時の消費電流波形の一例を示します。

 非動作時は消費電流は690μAですが、5.12秒毎の基地局との通信期間約65mSecは消費電流が120mA(瞬間的には560mA)迄増大しています。
 図1ではこの通信期間の電流値を単純化して120mAとしていますが、携帯電話の電源回路に1Ωのシャント抵抗を挿入し、その両端の電圧波形を観測した実際の電流は、写真1の様に96mAと140mAの間を階段状に変動します。

 その他、通話時の消費電流は300mA以上、カメラのフラッシュ動作時の消費電流は400mA以上になる場合もあります。
写真1 基地局との通信期間の消費電流
    写真1 基地局との通信期間の消費電流(シャント抵抗=1Ω)


3.固定レンジによる電流測定と測定誤差

  ●高級機種でも微小入力では低級機種になる!!

 消費電流は一定時間に流れた電流の平均値で表します。
 図1の様な波形の消費電流測定は一般的な電流計では不可能であり、シャント抵抗で電流を電圧信号に変換し、データをデータメモリにセーブしながら数秒間高速サンプリングしてからアベレージング(平均値演算)する図2の様なディジタルストレージ方式のシステム構成が必要です。 図2 消費電流測定システム構成例
             図2 消費電流測定システム構成例

 これは一般的にはシャント抵抗とアベレージング機能付きのディジタルストレージオシロ(DSO)で可能ですが精度は数%程度です。最近では高速サンプリング、データメモリ、アベレージング機能を持たせたディジタルマルチメータ(以下DMM。DMMはシャント抵抗を内蔵している)も発表されています。

 なお、@のシャント抵抗が1Ωを越えると、携帯電話が「電池残量なし」を検出して正常な測定が出来なくなる場合があります。*2)


 以下では図2のシステムで携帯電話の消費電流を測定する場合の誤差を検討します。

 DMM等では測定の精度仕様を確度と呼び一般的に
  確度:±(X% of reading + Y% of full scale of range) at 温度 T℃±ΔT℃
の様に規定します。

 比例項Xの主な誤差要因はシャント抵抗値の温度ドリフトと、A/D変換部各素子のゲイン温度ドリフト、ゲイン非直線性等です。
 定数項Yの主な誤差要因はA/D変換部各素子のオフセット温度ドリフト、電源変動誤差、A/D変換時の量子化誤差等です。

 以下ではこれらの誤差要因をシステム誤差と呼びます。
 通常システム誤差は、回路技術である程度迄小さくする事はできてもゼロにはできないものですが、市販の高級機種では
  ±(0.03% of reading + 0.002% of full scale of range) at 23℃±5℃
等と驚異的とも言える高級機種もあります。
 以下では議論を判り易くする為にこの数値を具体例として用います。


 入力電流(=測定表示値)Idの値を、測定レンジのフルスケール電流値に対する相対電流値として
   P % of full scale of range(以下 P %FSR)
で表わすと、相対誤差(精度)er は@式で表わされます。*1)

@式
 これをグラフ化したものが図3の(a)固定レンジです。
図3 測定電流−相対誤差
            図3 測定電流−相対誤差

 これらから固定レンジでは仕様上の精度が充分発揮されるのは入力電流が測定レンジのフルスケール(以下 FS)に近い部分であり、FSに対して入力電流が小さい場合には、精度は大きく低下する事が判ります。

 例として1Aレンジで図1の消費電流を測定すると平均電流値2.3mAは 0.23%FSRなので相対誤差は0.90%になり、690μAは0.069%FSRなので相対誤差は2.9%です。

 精度を悪化させる主な原因は、シャント抵抗値Rを測定電流の最大値で決定し、これを固定した状態で小電流を測定するので、図2のAA/D変換部への信号入力電圧Vi(=Id・R)、即ち@式におけるPが小さくなり、対応する誤差の定数項Yによる誤差が増大する事にあります。

 定性的には、信号入力電圧Viが小さくなると相対的にシステム誤差との比率が小さくなって、広い意味でのS/N比が下がる、という事もできます。


4.FRSによるオートレンジと精度向上効果

  ●入力電流が小さくても精度は低下しない!!

 図2においてAA/D変換部はそのままで確度も同じ
  ±(0.03% of reading + 0.002% of full scale of range) at 23℃±5℃
としたまま@のシャント抵抗について、測定電流が1/10になる毎にシャント抵抗値を10倍にする、所謂オートレンジ切り替えを行なうシステムを新たに構成します。

 これはパッシブフリーレンジシャント(PFRS)、アクティブフリーレンジシャント(AFRS)、パッシブ・アクティブフリーレンジシャント(PAFRS)と呼ぶ回路方式で実現できます。*4)

 一例として図4にAFRSの原理図を示します。
図4 アクティブFRSの原理図
          図4 アクティブFRSの原理図

 このオートレンジ機能により、最小レンジ以外のレンジではAA/D変換部への電圧信号入力は必ずそのフルスケールに対して10〜100%になります。

 即ちA/D変換部は各レンジ毎に10〜100%FSRの入力電流についてのみ測定を行なうことになり、@式において入力電流の大きさが変化しても、その時点でのレンジのフルスケール電流値に対する相対電流値P%FSRは常に10〜100%FSRであり、その測定誤差は図3の(b)オートレンジのグラフの様になります。

 これにより、小電流域でも精度は悪化せず高精度性能がそのまま活かせ、図1の消費電流を誤差0.05%以下で測定できる事になります。*注1.

 以上から、図2のシステムでAのA/D変換部の精度を充分活かすには、@のシャント抵抗を高速オートレンジ方式にするのが良い事が判り、これはフリーレンジシャントで実現可能です。

 当社ではAFRSによる携帯電話用電流計 スーパークーロンメータ「PX03SC1」 を製作しAFRSの効果を確認しました。*5)

 なお、本稿ではFRSの応用を携帯電話の消費電流測定に限定しましたが、フォトダイオードをセンサとする輝度計や照度計等、電流を信号とする各種の測定器に応用可能です。

 *注1. オートレンジの場合各レンジ毎に100%FSRになるので図3の横軸の0.001、0.01、0.1、1.0、10.0%FSRは何れも100%FSRになります。

5.参考

*1) 相対誤差算出
   Id:表示値(測定結果)  単位[A]
   It:真値(測定は不可能) 単位[A]
   Ifs:レンジにおけるフルスケール電流値 単位[A]
   Δe:絶対誤差 単位[A](Δe<<1 とする)
   e:真値に対する相対誤差 単位[%]  として以下の計算を行なう。
相対誤差算出
  (訂正A :Δeの単位[%]→[A])

*2)電流/電圧変換回路の使用
 シャント抵抗が1Ωを越えると携帯電話が「電池残量なし」を検出して正常な測定が出来なくなる場合があります。この様な場合には、図5の様なオペアンプによる電流/電圧変換回路を使用して、携帯電話から見たシャント抵抗値を0Ωにする必要があります。
 FRSでは原理的に入力インピーダンスが0Ωなので「電池残量なし」の問題は発生しません。
図5 電流/電圧変換回路
    図5 電流/電圧変換回路

*3) トランジスタ技術2003年3月号(275頁) 高速レンジ切り替え可能なクーロンメータの製作
*4) https://www.proxi.co.jp/products/frs_tec.htm フリーレンジシャント概要説明
*5) https://www.proxi.co.jp/products/px03sc1.htm スーパークーロンメータ「PX03SC1」


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